算命占星術学鑑定所明学院宇都宮校

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本田宗一郎・藤沢武夫


本田宗一郎は日本を代表する実業家であり技術者、そして本田技研工業(通称ホンダ)の創業者でもあります。

政界、財界のみならず、日本の国民誰もが知っている大成功者です。しかし元々彼は、資本金百万、従業員二十人という中小企業を経営する普通の一技術者にすぎませんでした。

その彼がなぜ、本田技研工業を世界的大企業に育て上げる事が出来たのか、また、自らも技術者としてなぜ、日本屈指の実力者となれたのか。彼の運勢に多大な影響を与え、またあそこまで飛躍させる事に成功した人物、その人物の中でも、特に藤沢武夫にスポットをあて、二人の素晴らしくもあり奇妙な人間関係、そして運命を、算命占星術学相性占技で検証します。

藤沢武夫、彼は本田宗一郎と共に本田技研工業(ホンダ)を世界的大企業に育て上げ、本田宗一郎の名参謀と言われた人物です。藤沢武夫も本田宗一郎と同じように中小企業を経営する一社長にすぎませんでした。

一九四九年、通産省(当時)技官の竹島弘の引き合わせで本田宗一郎と出会い、即刻自分の会社を引き払いホンダの常務に就任します。彼は天才的経営手腕と独自の感性を活かした経営方針で、瞬く間にホンダを世界的大企業にのし上げていきました。

この二人の生年月日、本田宗一郎(一九○六年一一月一七日)と藤沢武夫(一九一○年一一月一○日)を算命占星術学相性占技で見てみると、大半会と律音という星が表出します。

大半会は、一緒に居るだけで二人の運勢をどこまでも広げ、上昇させ、また二人の才能を最大限にまで引き上げるという素晴らしい効力を持っています。この二人が協力しあい会社を経営する訳ですから、発展するのは当然のこと、どこまでも運が開けて行くのも当然の事なのです。

一九四九年、二人は運命的な出会いをし、二人三脚の経営が始まる訳ですが、それからホンダは世界の企業でも稀にみる素晴らしい発展をとげていくことになります。

一九五四年東京証券取引所株式店頭公開、

一九五五年二輪車生産台数日本一、

一九五八年スーパーカブC一○○世界的ベストセラー、

一九六九年世界で初めて最高時速二○○キロ突破、名実共に世界一のバイクメーカーとなる。

一九七二年低公害エンジン「CVCC」開発、米の大気浄化法案(マスキー法七五年度規制)を世界の自動車メーカーに先駆けて達成、

一九八○年売上一兆円達成、

この様に、たった三○年たらずで会社を世界的レベルにのし上げたのも、全て大半会という相性のおかげなのです。

二人の大半会という相性の力が、本田の天才的技術力に尚も磨きをかけ、世界的技術者として成長していく原動力となり、また、藤沢の天才的経営手腕をも大きく向上させる原動力ともなりました。

この大半会という相性は、運をどこまでも広げていく作用がある訳ですから、二人の考え方行動が、自然とその時代の波に沿ったものとなり、日本国民をも味方に付けるという好結果を生んだのです。

出会って即刻自分の会社をたたみ、本田の会社に入社するというのも大半会という相性の成せる業なのです。

もし二人に大半会の相性が無かったら、本田の技術は世に認められる事もなく、中小企業の一技術者一社長で終わってしまったでしょうし、また藤沢も、これだけの経営手腕を発揮する事なく、藤沢独自の特殊な感性も発揮できず、やはり中小企業のただの一社長で終わってしまった事でしょう。世に言う「運に恵まれなかった埋もれた天才」で終わってしまったという事です。

技術の天才本田と、経営の天才藤沢が出会い、そこに大半会という相性が作用して初めて世界的メーカー「ホンダ」が誕生したのです。

しかし普通であれば、ここで大半会の副作用である「おごり」が必ず顔を出したハズなのです。つまり「オレの力でここまで来られたんだ。」、「お前が居なくてもオレ一人で充分。」という考えです。

その結果二人は独立し会社は分裂、当然二人の大半会の力が無くなるのですから会社は日に日に衰退し消滅する。殆どの会社が発展途上でその様な運命を辿っているのも紛れもない事実なのです。

しかしこの二人に限り、何故大半会の副作用である「おごり」が生まれなかったのか。それがもう一つの相性、律音の作用なのです。

律音には「人生を二分する。」「対等、友人的」という意味合いがあります。この律音の作用である「対等、友人的」という意味合いが、大半会の副作用である「おごり」を封じ込める最大の要因となったのです。

「対等、友人的」というのはその名の通り、二人がどの様な環境であっても対等の立場を貫き、親友としていつまでも末永く付き合う事ができるという相性です。この律音「対等、友人的」こそが、大半会の副作用である「おごり」を封じ込め、心の通い合った大親友として分裂する事なく、二人が「ホンダ」を最後まで全うさせる力となったのです。

しかし、親友というのは学校や趣味の場、会社などでも、相性占技に関係なく普通に成立するものです。ですが、この律音の「友人的」は全く別次元の物であり、運命的な親友なのです。

先祖代々脈々と受け継がれてきた家運から出た相性。ですから一度親友になるとまず離れる事はなく、また、離れたとしても忘れる事なく、死ぬまで心の奥深くに刻み込まれる相性なのです。

本田は実印を見た事が無いというほど藤沢を信頼し、会社経営の全権を委ね、藤沢も、そんな本田の信頼を受け、本田には悩む事なく技術に徹する事の出来る環境を作りました。

そんな本田から藤沢が会社を乗っ取る事など、赤子の首をひねるより簡単な事。それをさせなかったのが、何度も言いますが、律音の意味合いである「対等、友人的」作用なのです。

こんな二人が三○年以上も一緒に仕事をするのですから、恐ろしい程の昇り運になるのは当たり前、「ホンダ」が世界的大企業になるのも当たり前なのです。

そして最後に、律音のもう一つの作用である「人生を二分する」という力が、二人に好作用として発揮されます。

一九八三年、本田宗一郎、藤沢武夫の同時引退です。

この引退劇は世間を驚かせ、二人の名を後世に残しただけでなく、「ホンダ」という会社の潔さをアピールする形となりました。二人がもしこの時引退しなかったら、新しい時代の波にのまれ、会社は潰れていたと言われる程ギリギリまで待っての引退劇でした。この絶妙なタイミングこそが、律音「人生を二分する」の成せる業なのです。

この二人が、算命占星術学的相性の大半会、律音を「ホンダ」で最後まで全うする事によって、その最高の「気」が、二人がこの世を去った今でも脈々と流れ続け、「ホンダ」が今でも衰退する事なく、いつまでも発展し続ける要因となっているのです。

算命占星術学的に言う「気」とは因縁とも言われ、良い流れも悪い流れも六代続くと言われています。

つまり、自分の背負った因縁は、六代前の先祖が生前創り出したものであり、今現在自分の取った行動は、六代後の子孫にまで、因縁として受け継がれていくという事なのです。

本田宗一郎と藤沢武夫の歩んだ人生(大半会、律音)は、良い因縁「気」となって延々と流れ続け、今でも「ホンダ」を支え続けているのです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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